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京都家庭裁判所 昭和62年(家)282号 審判

申立人 中井清 外1名

主文

申立人らの氏「中井」を「金」と変更することを許可する。

理由

第1申立ての趣旨

主文と同旨

第2当裁判所の判断

1  本件及び関連事件(当庁昭和59年(家)第1080号)の各記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  申立人清は、父金東宇(大正14年来日、昭和25年死亡)と母呉栄順(昭和4年来日)の間に昭和19年1月17日京都市内で在日韓国人として出生し、同市内の小、中、高校を卒業後、昭和40年に○○○○○短期大学(現在○○○○○○大学)作曲科を、昭和42年に同大学専攻科を卒業し、以後京都○○中、高校の非常勤音楽講師や韓国人子弟をも対象とした音楽教室を開設しピアノ、作曲を教授する等して音楽家としての生活を営んでいるものである。

(2)  申立人礼子(旧姓尾花)は、昭和21年7月21日に山口県小野田市で日本人父母の間に出生し、○○○○専門学校を卒業後、京都市内の保育園保母として勤務中、申立人清と夫の氏である「中井」姓を称する婚姻をしたもので、現在も保母の職にある。同夫婦の間に長男明(昭和46年11月24日生、公立高校1年生)、二男学(昭和49年8月8日生、公立中学1年生)及び長女悦子(昭和51年2月2日生、小学6年生)が出生している。

(3)  申立人清は、小学校卒業時までは実父の「金」姓を使用していたが、中学入学後は当時の在日韓国人の同級生の風潮と朝鮮人差別の社会的現実があつたことから、同人の父母が戦前の創氏改名により使用していた「中井」姓を通称として使用するようになつた。前記大学卒業後も日常生活面では「中井」姓を使用するとともに職業上の必要性から勤務先の○○学園や音楽教室では「金」姓を名乗るというように氏を二重に使用する生活を営んでいた。

(4)  申立人両名は、共にキリスト教信者として教会活動を通じて昭和42年頃知合い、翌43年頃に恋愛関係となり共に婚姻を望んだが、申立人礼子の父母等親族において申立人清が韓国人であるとの一点でその婚姻に強硬に反対したため、その解決策として同父母の要望により、申立人清においてやむなく昭和45年4月に日本への帰化の許可申請手続を執るに至り、翌46年4月24日「中井」姓を称する日本国籍を取得した上、申立人らは同年5月31日に夫の氏を称する婚姻をした。上記帰化申請に際し、所轄官庁より交付された帰化許可申請書作成の手引書に「帰化後の氏名は日本的氏名を用いる。」旨の記載があつたことから、申立人清としては何ら考慮の余地もなく帰化後の氏を前記通称の「中井」とした。

(5)  申立人夫婦は、結婚後も全生活面で「中井」姓を用いることなく、申立人清において職業面では依然「金」姓を称していたが、同人の作曲活動等が広まるにつれ民族意識が高揚し徐々に交際面等において「金」姓を称する頻度が多くなり、前記3人の子女が成長するにつれ、使用する氏の二重性に悩んだ揚げ句に、昭和56年4月に家族全員で話合つた上、公的なやむを得ない場合を除いて、申立人清の出身民族の姓である「金」姓を使用することを取り決め、以後預貯金や健康保険証等の本名を使用せざるを得ない場合のほかは「金」姓を称して現在に至つている。

(6)  申立人らは、昭和59年4月17日当庁に本件と同様の氏の変更許可申立てをしたが、同事件(昭和59年(家)第1030号)は同年10月11日に却下され、同審判は同月27日確定した。

(7)  その後、国籍法の改正(昭和60年1月1日施行)に伴い、前記帰化許可申請書の手引書から「日本的氏名」の事項が削除されるに至つた。

(8)  申立人礼子は、元来夫清の前記帰化に反対の立場をとつていたことから、結婚後も「金」姓を称することに積極的で、本件許可を強く望んでおり、申立人らの前記子女は、いずれも日常生活面はもとより学校関係においても「金」の姓を称し、韓国式の呼称にて在学しており、同人らも本件申立が認容されることを強く希求している。

2  以上の認定した事実関係、特に、申立人清の氏が元来「金」姓であつたこと、前審判後国籍法の改正があり、前記手引書から「日本的氏名」の指導文句が削除されていること、申立人清において昭和42年大学卒業以来職業面について「金」姓の使用を継続し、申立人ら一家全員がやむを得ない公的以外は殆んど「金」姓を称してからは6年を経過し、その使用期間は比較的短期間ではあるが、同通称姓が申立人ら家族の氏として社会的にほぼ定着しているものとみられること、「金」の文字が常用漢字であること等を勘案すれば、本件申立ては戸籍法107条1項所定のやむを得ない事由に該当するものとして認容するのを相当と認める。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 土井仁臣)

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